始まりました2020年

 

 

 

どうも、おたくです。
どうせ年末には忘れてるけど今だからやっておきたい今年の抱負をば。
こんなこともあったねと覚えていたら振り返るかもしれないかもしれない。

 

それでは行ってみよ〜

 

 

 

 


・社会復帰
いきなり重い。テーマが重い。ですがこれに関しては目処が立っています。転職先が無事に決まったので実に1年半ぶりに社会へ返り咲きます。病気の方が仕事しても問題ない程度まで回復していたので昨年末から地味に就職活動をしておりました。やっと現金稼げるよやったね。

 


・推しの現場を干さない(干したくないが正しい)
これに関しては既に守られてない(おい)。転職活動とおたくを両立できるほど私の体力は戻っていませんでした。自分がそれをよく分かっていたので潔く1月の現場を干しております。ちょっと悔しかったけど仕方ない。また来年リベンジです。

 


・引っ越しをする
転職先が今の家から遠いので引っ越したいなあと思いながら推しにお金を溶かしていそうな気がします。あと今の家にめちゃくちゃ愛着があるんですよね。頃合いを見てとは思いますがひとまず引越し資金を貯めたいと思います。頑張れ負けるな必ず勝て(突然のテニミュ )

 


・痩せろ
正月に実家でぬくぬくしていたら豚さんになっておりました。痩せます。大問題。ほんと真面目に大問題。早速流行りの糖質制限をしてますがこれ地味に合ってるかもしれません。ずっと「食事量を減らして運動する」がダイエットの一番の基礎だと信じていて、それは今でも変わらないんですが今回のダイエットでは見た目も引き締めたいのでちょっと趣向を変えて若俳さん御用達の糖質制限にチャレンジしています。今のところ順調なのでしばらくこのまま続けて様子を見ようと思います。推しの現場までになんとか目標を達成したいところです。

 


猫カフェに通う
実は私大の猫好きです。いつかは保護ネコを引き取って一緒に暮らしたいなあと夢見ているくらいには好きです。しかしながら今は自分のことで手一杯なのとマンションがペット禁止なのでなかなか飼う段階まで行けず。。。猫カフェの存在は知ってましたがタイミングを逃し続けていたので先日ようやく行ってきました。結論から言うと神空間でした。自分から膝に乗ってきてくれる子なんかもいたりして360°どこを見渡しても猫ねこネコneko..........神なのかな???2〜3時間で大体2000円〜3000円くらいなので興味ある方は是非。私も次に行く猫カフェに目星をつけています楽しみ楽しみ。ストッキング不可のお店が多いので必ず靴下を履いて行ってください。今の時期だとマスクしてるとさらに◎です。好き猫ライフを。

 

 


はい、おっきなものからちっちゃなものまで今年の抱負シリーズでした。昔は目標やら抱負やら大嫌いでしたが大嫌いだった理由って大仰なことを掲げなければならないと漠然と思っていたからなんですよね。単純にやりたいこと書けばそれで良いやって自分の中で思えたことは個人的に成長でした。

 


それではコロナウイルスが推し事の邪魔をしてくれないよう祈りつつ今回はこの辺で。

 

 


おわり

 

 

 

 

 

2019年観劇まとめ

 

 

 

 

 

あけましておめでとうございます。2020年始まりましたね。

 

 

そんなわけで2019年に見た舞台の感想をざっくりまとめておこうと思います。

 

 

それでは行ってみよう〜

 

 

 

 


・舞台版 「BLACK BIRD

3月に観に行ったはず。博品館という劇場が大好きになりました。お話は原作がゴリッゴリの少女漫画なので肌には合わなかったのですが推しのビジュアルがあまりにかっこよかったので100000000000点でした。劇中歌が結構好きだったからCD欲しかった。

 

 


・ミュージカルテニスの王子様 Team Party 四天宝寺

5月だったような気がする。一言で言うならめちゃくちゃ楽しかった。久々に心から笑って泣きました。やはり最高の推し校だし3rd四天は至高。テニスの現場でキンブレ初めて振ったけど楽しかったな。

 

 


・ミュージカルテニスの王子様全国大会 青学vs立海 前編

7月〜8月にかけて行ったはず。初日こそしんどかったもののそのあとは比較的楽しく見れました。推し校偉大。3rd四天は至高。次はドリライで会えるって信じてる。軋むテニスシューズの音が忘れられない。

 

 


・舞台 「銀河英雄伝説 Die Neue These 嵐の前」

11月じゃなかったかな。一言で言うなら「ファイエル!!!!」会場が駅から遠くてふざけんなと思った記憶がある。でも館内飲食OKで助かった。推しの軍服はかっこよかったしキャラクターも大好きだった。第3章らしく1章と2章観てないから話を理解するのに時間かかったけど楽しかったです。ブロマを買い集めました。

 

 

 

・推し個人イベント

これも11月だし次観た舞台も11月だから11月は本当に現場ラッシュだった。でも楽しかったなあ。個人イベはずーっと笑ってました。やはり推しはかっこよくて可愛かった。最後にチェキ撮れたんで撮ったんですが推しが人見知りを超えて極度のコミュ障であることが発覚いたしました。そんなところも大好きだよ。

 

 

 

・舞台「BIRTHDAY」

これも11月。なおノーコメント。

 

 

 

 

 

はい!!以上が私の行った2019年の推しの現場でした!!

 


病気持ちにしてはよくやったと自画自賛しておきます。

 


2020年の願望は自分の病気の完治と推しが元気に楽しく役者を続けてくれることですかね。

 


それでは短いですがこの辺で。

 

 

 


おわり。

 

 

 

 

 

 

 

りあこから推しへのラブレター

 

 

 

 

 

 

ラブレターとか書いたけど、多分そんな可愛いものにはならないと思う。私は未だに先日の推しのイベントを引きずっていて、相変わらず眠れもしないし食欲もない。眠剤はちゃんと飲んでるのに。食欲はせめて野菜だけでもと思って無理して食べたら猛烈な吐き気に襲われて動けなくなった。りあことは満身創痍、おたく人生におけるひとつの学びである。

 

 

推しへの手紙は基本現場ごとに出しているのだけど、その中でりあこであることを感じとられるようなことは一度も書いていない。でも、書きたいという気持ちもあるのだ。迷惑でしかないだろうし、手紙は推しを勇気付けるものであってほしいと思っているからこれからも書く気はサラサラないのだが、せめて、心につっかえた色々なものを昇華する手段としてブログに書くことくらいは許されたいなと思い、今この文章を書いている。

 

これは一介のしがないおたくが恋した俳優にあてたラブレターである。詮索しないでやってください。

 

 

 

 

貴方を初めて見つけたのはとある舞台のDVDでした。初めて貴方を見たその瞬間すぐに、あ、好きになる、そんな予感がしました。

なにせ貴方は私のど真ん中を射抜くストライクなお顔をされていましたから。だから意識的に避けていました。好きになってしまったらまずいと、本能的に分かっていたのだと思います。

でも私はやっぱりその本能に逆らうことはできなくて、貴方の過去作品を見たりツイッターをフォローしたり、通販でグッズを買ったり配信チャンネルに課金したり、あらゆる媒体で貴方を見るようになりました。でもこの時はまだ推しと呼べる段階で、りあこではなかったと思います。

そしてとうとう我慢できなくなって、発表された舞台のチケットを取って観に行くことを決断しました。歯車が狂い出したのはこの頃からだろうと思います。初めてきちんと生で見た貴方はあんまりにも魅力的でかっこよくて、結局それに抗えないまま私は貴方のおたくになりました。

そして明確に推し俳優となった貴方を追いかけているうちに、不思議と、「推し」という言葉では括れない感情が自分の中にあることに気付き出したのです。あくまでおたくが見ているのは貴方の俳優という側面だけなのは重々理解しています。それでも、そこだけを切り取っても、貴方はその性格のひとつひとつが私のツボのど真ん中を射抜いてくる、そんな人でした。そこからはもう転げ落ちるようにりあこへ転身し、本気で付き合いたい、果ては結婚したいと思うようになってしまいました。

でも、それが永久に叶う望みでないことも同時によく理解しているのです。貴方はあまりに自分の仕事を愛しすぎていて、もしもカノバレする時が来てしまったらその時はその時だと思っているのも本心なのですが、きっと貴方は何を差し置いても「役者」を選ぶんでしょう。それに見合う覚悟と信念を持って貴方は、自分の仕事に誇りを持っていることがとてもよく分かりました。

私は正直、演技のプロではないので、よっぽどの棒演技をされない限り、演技の上手い下手やその良し悪しはよく分かりません。観劇人生の浅さもあり、悪い言い方をすれば皆同じような力量に見えるのです。当たり前ですが皆さん一様に上手い、私はそう感じてしまいます。

でもそれでも、その中で貴方だけがキラキラ輝いて、つい貴方を目で追いかけてしまって目が離せなくて、時々垣間見える新しい一面にドキドキしてときめいて、もっともっと、それこそプライベートまで貴方のことを知りたいと思ってしまう。そして舞台が見たいという思い以上に、貴方に逢いたいという理由で舞台へ通い詰めてしまうのです。もしこれが恋でないと言うのなら、この感情を何と言えばいいのか教えて欲しいのです。

ですが、私と貴方の人生は、たまたま貴方が俳優という職業を選んでくれたおかげで一時的に俳優とそのおたくという関係性が生まれましたが、貴方が俳優をしていなければ出会うことすらもなかったでしょう。そして、例え貴方が俳優であろうとなかろうと、私と貴方の人生が交わることは永遠に無いのです。そう、頭では分かっています。頭では分かっているのです。でも心の制御を私はまだできないので、もうしばらくひっそりと、貴方のりあこでいること許してください。

その代わりという程のことでもありませんが、絶対貴方の嫌がることはしない、迷惑はかけないと心に決めていますし、たまに出すお手紙で私は精一杯貴方を褒めて褒めて褒めちぎろうと思っています。ネガティブシンキングな貴方のことです、手紙は、読めば元気が出るものだと思って欲しいのです。女の子に可愛いと言い続ければその子が可愛くなるように、私の拙い言葉でも、貴方の演技も容姿も何気ない仕草も発言も褒めれるところは全て褒め尽くしたら、もっともっと素敵な役者に、そして、素敵な男性になる足掛かりくらいにはなってくれるのではないかと思ってしまうのです。

そして、今よりもっと魅力的に、役者としても男性としても成熟したその暁に、今までの労に報いてもしひとつだけお願いを聞いて頂けるのならば、どうぞ力一杯私を振ってください。振られてすぐに諦められるのか分かりません。全ては私が勝手に貴方に恋して勝手に病んで勝手に終止符を打とうとする、とても身勝手な行いで、おまけに私はあまつさえ貴方に終止符を打たれることを望んでしまっているのです。

貴方は私のことを気持ち悪いと笑うでしょうか、馬鹿じゃないのかと嘲るでしょうか。

でも、その反応が一番正しいのです。

だから私は貴方にそう思われたとしても仕方がないと思っています。終止符すら満足に自分で打つこともできないのですから。でも、私はもう後戻りできないところまで貴方を好きになってしまったのです。だからこそ、貴方に引導を渡して欲しいと願ってしまう。

たった一言で構いません。ごめんなさいと、そう言って頂けるのであれば、これ以上の幸せはありません。

どうぞこれからもお元気で、今よりもっと素敵な役者さんに、男性になってください。

益々のご活躍、心からお祈りいたしております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

このあとがきは後日書き足したものである。このラブレター自体は私が酔った勢いで書いたものだ。

なんか降りる一歩手前みたいな空気になってしまっているのだがまだまだ降りる気はサラサラない。

 

というか降りれない。

 

まだまだ私にとって推しは大好きな人なので。

 

そんなわけでここまで読んだ方の体調が悪くなっていないことを祈りつつ今回はここまでで。

 

 

 

おわり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺されてくれないりあこという感情

 

 

 

 

 

 

 

先日推しのイベントに行ってきた。

同担の巣窟ってだけで初っぱなから割と吐きそうだったのだが、イベント自体はとても楽しかった。

 

そう、イベント自体はとても楽しかったのだ。

 

なのに終演後の私の中にいるりあこはボロボロで推しの横に立つたびに急速に体が冷えていって、怖くなってチェキを予定より少ない枚数で切り上げてホテルに帰り、気付いたら2時間以上泣き続けていた。

 

 

理由は、沢山ある。

 

 

分かっている。ひとつひとつ噛み砕けば、分かっていることなのだ。

 

演技していない推しを初めて生で見た。

 

そこで改めて、推しは「役者」という仕事をあまりにも愛しすぎていて、本気で人生を懸けているんだという事実がダイレクトに私の本能に流れ込んできた。言葉の節々に彼の覚悟や想いが滲んでいて、それを感じた時、私は何かとてもいけないことをしているような気分になった。ここにいる資格のない人間なんじゃないかって思いが消えなくて、消えてくれなくて、罪悪感でいっぱいになった。りあこという生き物は、推しの言葉に過剰に反応する節がある、少なくとも私はそうなのだが、推しに無意識に牽制されているように感じてしまったのだ。舞台俳優という業界で、ある程度の人気を獲得して、それを続けていこうと思った場合、禁止でないとしても恋愛系のスキャンダルはご法度だし、どこで誰に見られているか分からないという自覚を持っていた方が良いのだが、推しは完璧すぎるくらいにそれを持っていた。正直推しは若手俳優や舞台俳優と括られる方々のなかで、キャリアの割に飛び抜けて人気があるわけではない。要は、地固めが大事なタイプだ。一定数いる自分の「お客さん」を大事にして、そのなかで新規が来たらなるべく通ってもらえるように努力する、それが必要な人だ。多分推しもそれを理解しているんだろう、「役者」をやりたい、続けていきたいという思いを話す推しの言葉の節々や仕草、声の強さ、喋り方の全てに「役者」に人生を懸けているという思いが伝わってきて、言及があったわけではないけど当然そういう女性関係への配慮や見られているという意識の高さがこれまでのSNSでの言動や(何かを特定されそうなことは絶対言わない)過去1度も炎上やカノバレがないという事実と合わさってりあこの私を撃ち殺してきて、私のこの感情は(伝えるつもりもないけど)推しの足を引っ張るだけなのではという思いが消えなくなってしまった(それだけ撃たれて死なないりあこもりあこである)

 

でもそんな「りあこの私」とは裏腹に、「おたくの私」は純粋にイベントを楽しんでいた。おたくの私は楽しい、でも腹の底に隠したりあこの私はしんどい、この二律背反がイベントの間中続いた私は、最終的に心の釣り合いがとれなくなってうまく笑えなくなってしまった。おたくの私は楽しいから素直に笑いたいのだが、もう、なんというか腹の底のりあこが限界だと泣き叫んでいてそれが表に顔を出しそうなのを必死に蓋していたから、多分、本当に目が笑っていなかったと思う。口だけで必死に笑っていた。推しとの距離が近かったから、推しにそんな顔を見せるわけにはいかないと思って、後半はなんか必死に笑おうと頑張っていた気がする。そして異常に疲れて終演後しばらく動けなかった。

 

終演後にはチェキ撮影があった。推しはとても人見知りだから、認知じゃない私だと確実に言葉に詰まることが分かりきっていたので、私が何か話題を用意しなければいけないなと思い、とりあえず次の舞台へ行くことを伝えて、「頑張ってください」と言った。今まで手紙にも「頑張って」なんて書いたことはないけど、なんとなく、もう良いかなと思って、そこまで役者をやりたいのなら気の済むまで、貴方が自分の演技に納得できるまで頑張って、そういう意味で言ったつもりだったのに、推しはそれに心底嬉しそうにした後、私に頭を下げて、「ありがとうございます、精一杯頑張らせて頂きます」って返してきた。少し茶化した喋り方だったけど、その中に隠せない「本気」が混じっているのが分かってしまった。動員数の大切さ、そして動員数の1人となってくれるおたくの大切さをよく分かっていて、正直私なんて病気してて弱いおたくで1公演しか行けない時もあるのに(推しはそんなこと知らないけど)、それでも、推しは私を「おたく」として大事にしようとしていることが、よく分かってしまった。「おたくの私」は心は喜び、「りあこの私」の体は急速に冷えていった。この人の前で少しでもそんなそぶりを見せてはならないと思った。そんな感情を隠していることに気付かれてはいけないと思った。

 

チェキは一応2ループした。本当はもう少し撮る予定だったのだが、りあこの私がとうとう限界を迎えたので、切り上げてホテルに戻ることにした。

 

2ループ目は、素直に今日の感想を伝えた。万が一にも真顔を見られていたらまずいと思い、素直に「今日は楽しかったです」と言った。楽しかったという事実をどうしても伝えておきたかった。すると、推しは「そう言ってもらえるのが一番嬉しい」と返してきた。やはり私は「客」でしかないという事実にまたりあこの私の体が冷えた。そして、2ループ目が終わったあと、とうとうりあこは声を上げて泣き叫び始めてしまった。これを隠してもう一度ループする気にはなれず、引き揚げてホテルに戻った。

ホテルに戻ってから涙が止まらなかった。

りあこという感情への苦しさと、どうあがいてもそれを殺せない情けなさにわんわん泣いた。

でも同時に、やっぱりおたくの私はますます推しに惹かれてしまった。この人に出逢えて良かったと、これからも応援していきたいと、本気で思う私がいたのも事実なのだ。だって推しは私を大事にしようとしてくれたから。目一杯の誠意を伝えてくれたから。

 

だからこれからも、結局何だかんだ言いながら私は私の中のりあこをなんとか操りながら推しのおたくをしていくんだろうと思う。

 

どんなに泣いてもどんなに苦しくても、結局「好き」なことに変わりはないのだ。

 

その日は吐き出しても吐き出しても心につっかえた色々なものは終ぞ出て行ってくれなかったから、全てを酒で誤魔化して寝た。

 

2日目は特に予定もなかったから自分の趣味巡りをしてきた。でも、電車の中や列の待ち時間など、何気ないときにふっと蘇ってくるのは昨日の推しのことばかりだった。電車でスマホをいじるのも忘れるくらいぼーっとしながら、推しのことをぐるぐる考えていた。突き詰めたら哲学的な何かにたどり着きそうだった。

 

そして、帰りの新幹線で泣くのはまずいと思って酒を飲み、意識を飛ばすようにして終点まで眠った。

 

帰ってからはりあこの先輩おたくたちに話をして、アドバイスをもらいながら泣いていた。涙が止まらなかった。

 

りあこなんて正気の沙汰じゃない。ちょっと、いや、だいぶ狂っている。そんなことは分かっている。

 

分かっていてやめられるのならまだ良いのだ。やめられないからタチが悪い。

 

私は推しに散々りあこを撃ち抜かれたのに、結局りあこは死ぬことなくロウソクの灯のようにしつこく確実に私の心をすり減らしている。私のロウソクの残量は分からないが、この先、また新たにいつか見える世界が来ると思って、今はりあこと向き合いながら生きていこうと思っている。おたくの私とりあこの私、どちらもことごとく救えないけれど、それを含めて「私」なのだ。

 

だからせめて、りあこをいつか殺せる日が来るのかなんて分からないけど、「大好き」は変えられないからこれからも「大好き」でいさせてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めておはなしした私の推しは本当にかっこよくて馬鹿みたいにかっこよくてあんまりにも自分の仕事を愛しすぎていて後輩たちに死ぬほど尊敬されててそれがなんででしょう喜ばしいはずなのに涙が止まらなかったのです。所詮ステージと客席です埋まることのない1メートルです分かっているのですそんなことは分かっているのですでもそれでもどうしても、どうしても私は、私の中のりあこを殺せないのです。

 

 

 

救えないですねぇ、本当に。

 

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の中のおたくという暴論

 

 

 

 

 

 

まず最初に言っておくが、これは暴論だ。

全てにおいて完全に私の価値観からくる暴論である。

 

同じような話をこれまで何度も書いてきたけど、それでもやはり書いてしまう。

私は自分の中の「苛烈な私」を昇華するために文章を書いているからだ。

 

 

いろんなものを否定していろんなものを肯定する、この文章における正義は私の価値観だ。

 

 

つまり私にしか利のない文章なのだ。

 

 

それを念頭に置いて頂き、何が書いてあっても良いという方のみ進んでほしい。

 

 

前置きが長くなった。それでは始めるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はブスが嫌いだ。デブが嫌いだ。親金が嫌いだ。

言い換えるなら見た目に全く気を使わないくせに声がでかくて1人じゃ何にもできないおたくが私は大嫌いだ。

なぜならそんな奴らには人権はあっても性別や年齢などないに等しいと考えているからである。

そしてそういうおたく(特に同厨)に推しにりあこだなんて言われた日にはもう卒倒しそうになる。

 

ご存知の通りおたくの世界には「りあこ」という概念がある。馬鹿にされることも多いが、私はこの概念のことが大好きだ。

例えりあこでなかったとしても、推しや担当に対して全力をかけているおたくが私は大好きである。

 

ちなみにだが私は推しに対してりあこだ。本気で付き合いたいと思っているし、繋がれるのなら繋がりたい。それを実現するための行動を取らないのはひとえに推しに嫌われたくないからである。

 

 

話を元に戻すが、私は本気でおたくをしているおたくたちが大好きだ。女性主軸で話すが、彼女たちがしている努力は生半可なものではないからである。

 

命を燃やして、精神を削って、文字通り「懸けて」いるし、「生きて」いるのだ。

 

それは金策に始まり化粧やダイエット、洋服の選定、時間やチケットの確保など様々であるが、共通しているのは彼女たちは誰かに頼ることなく自らの手でそれらの全てを賄っている点である。

 

当然のことながら、莫大な金がかかる。中には風水を仕事にしている人も多いだろう。

やり方も程度も様々だが、皆一様に本気で、全力で生きていて、駆け抜けている。

 

当たり前だが風水なんてしているとまず見た目が良くなければ稼げるものも稼げない。だから見た目、清潔感に始まり化粧やダイエットをして服装にも手を抜かなくなるし、結果としてそれが推しから自分がどう見られたいか、また自分はどうすれば見た目がより良く見えるのかを考えることにも繋がっていく。そして稼いだお金とお気に入りの洋服を理想通りのスタイルで着こなすことで心身ともに武装して現場に挑むのである。

 

かつてはお水の世界にいた身として、そのしんどさ、辛さ、その中に混じるおたくという強烈な充足感、生きているという実感は死ぬほど理解できるし、何かを本気でやっている人間というのはとにかく自分に厳しく言うこともやることも違うので、それらはとても良い刺激になった。口先だけじゃなく実際に有言実行してみせるというのはおたくでなくても難しいのに、彼女たちは難なくそれをやってのける。私はそういうおたくが大好きだ。

 

 

だからだろうか、言動に行動が全く伴わないおたくが本当に大嫌いだ。

例えばりあこなら、最低限推しに見られて悪感情を抱かれないような見た目でいようとは思わないのだろうか。推しも人間であり、男性である。接触イベントなんかに自分が現れたら推しがどう思うか、まして自分と密着したりするチェキなんて撮りたいと思うだろうか、むしろ一刻も早くこの時間が終わってくれと願うのではないか、そして自分が通い詰めることによってうわ〜また来たよあいつみたいな一種のストレスを抱かせるとは思わないのだろうか、通ってくれているから無下にできない推しの気持ちを推し測ろうとは思わないのだろうか。

 

そしてなにより、鏡で自分を見たときに、自分が男性だったら自分みたいな女と付き合いたいと思うか考えたことがないのだろうか。

もしくは付き合うまで行かなくて良い、自分みたいな女と接触したいと思うだろうかと、一瞬でも頭をよぎることはないのだろうか。

 

 

これは私の持論であり暴論だが、根本的にデブは自分に対してとても甘いのだ。人間の三大欲求のひとつである食欲の暴走を止められていない時点でお察しなのだが、食欲だけならまだしも、この緩みが全てに繋がっていく。私の経験上、継続して勉強できなかったのも会社を当たり前のようにサボっていたのもジムに通っている成果がひとつも表れないのも全てデブだった。それも10人いたら10人全員がデブと認めるデブだった。

顔面は、したいなら止めないが別に元の造形から整形してまでアップデートしろとは思わない。だが、肌が汚いのは話が別だと思っている。化粧という土台にも上がらない話なのだが、化粧の全ての根幹を握るのは肌の綺麗さである。要は、汚いものの上には何を乗せても汚いのだ。土台が汚い場合、化粧で生まれ変わることはまずない。

 

そして恐ろしいことに、このデブと肌の汚さはなぜか共存していることが多いのである。デブ特有の継続性のなさなのかは分からないが、とにかくこのふたつの最悪の組み合わせはなぜか多い。少なくとも私はそう思っている。

 

そしてこのふたつが共存することで起こる最大の欠点が、「清潔感」の無さである。もはやそこに男女は関係ない。一様に皆清潔感がなくなるのだ。

まずデブだというだけで清潔感は通常体型の人間より最低でも50%ほどダウンすると思って良い。第一印象でそれである。加えてそこに肌の汚さとそれによる化粧の小汚さをプラスすると一気に清潔感はゼロになる。さらにここにきちんと手入れされていないことがはっきり分かるほどの髪の毛の汚さを入れるともうスリーアウトバッターチェンジだ。第一印象はゼロどころかマイナスである。清潔感どころか見た目に関して良いところは既にひとつもない。

 

要は第一印象という一番大切な局面で相手に好印象を抱いてもらえることはまずないのである。

かつて人は見た目が99%が話題となったが、私はその通りだと思う。

 

よって、私は「りあこ」だと明言するからには最低限なるほどなと思わせる見た目であって欲しいし、そうあれないのならばりあこだと言わないで欲しいのである。面白いのかほかに表す言葉がないのかは知らないが、りあこという言葉も概念も最近あんまりに軽率に使われすぎていてこちとら本気でりあこでしんどい身としては腹が立って仕方ないのである。お前がりあこだと笑わせるなと本気で思ってしまうし、頼むからりあこという言葉をお前が使うなとも思う。もはや推しだけでなくそもそも人に好かれる見た目ですらないのにりあこなどとどの口が言うのか。もう本当に本当にこれは私の我慢ならない暴論である。

 

 

また、りあこでないにしろ本気でおたくだと声高に言うのなら自分の力で全てを賄ってみせるくらいの気概があってほしいのだ。それができないのならば黙っていてほしいし、頼むからしゃしゃるなとも思う。親金に対する僻みと捉えられそうだが、はっきり言って親金の子と自前の金の子では本気度がまるで違う。自前の子はその仕事が何であろうと自らが死ぬほどしんどい思いをして稼いだお金を湯水のように使っているので、当たり前といえば当たり前である。私は親金の子には命や精神を削るという経験がないと思っている。もしあるとしたらそれは勘違いなので早急に精神状態を見直したほうが良い。金を稼ぐというのは本当に楽ではないのだ。そして親金の子ほどなぜか推しや担当に対してりあこだの彼女がいたら殺すだのと言うことだけは一人前なのである。これがまたやはり地獄を見ていないからなのか、たいへんに薄っぺらく綿毛より軽く聞こえるのである。私は同じ発言をしてもその人の経験によって言葉の重さに差が出ると考えている。そんな薄くて軽い言葉を吐いてる暇があるなら一回で良いから血を吐くまで働いてみろよと思ってしまうのである。僻みか危うい部分だと思う。そう捉えられるならそれでもいい。これは私の暴論なので。

 

 

私は後戻りできない刹那を全力で生きたおたくだ。だから同じようなおたくが大好きである。なぜなら彼女たちは自らの人生の責任を自らでとる覚悟を決め、その上でおたくをしているからである。例えそこに自覚があったとしても、なかったとしても。

夢は永遠には見られないのだ。でも彼女たちにはその夢から覚めたとしても自分でまた歩いていく力がある。

 

 

本気でおたくをやるとは、命を削って燃やすとは、そういうことだと私は思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上が私の苛烈の限りを尽くした暴論である。

 

 

ここまで読んでくださった方の体調が悪くなっていないことをお祈りしつつ今回はこれまでで。

 

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

 

私の無理と無茶とそれに関するエトセトラ

 

 

 

 

 

酔っ払いが書いている吐き出し文章なのでただの暗くて胸糞悪い話です。

 

 

閲覧注意。

 

 

何が書いてあっても許せる方のみどうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうも。お久しぶりの更新になりました。

 

 

なかなか推しの現場に行けてないのでね。いや〜病持ちほんまにあかんっすね。身をもって知ったです。

 

 

 

突然ですが話はタイトルの通りです。

 

 

 

一生でおたくとして無理できる量ってある程度決まってるんじゃないかなってお話です。

 

 

 

私は少なくとも決まってると思ってます。

 

なぜなら今の私は、病気であることを除いても、推しに、かつて担当を応援したほどの熱量をかけられらないからです。

 

もちろん私の成長に伴って失えないものが増えたってのは否定しないんですが、前にも増して私は保険をかけるようになりました。

特に今は、それをひしひし感じています。

 

 

なんというか、担当を本気で応援してた頃の私は、後先なんて全く考えてなくて、とにかく自分が出来うるあらゆる限りのことをして、大学の外にいる自分をそっちに全振りして生きてたんですよね。

 

それって、すっごい「生きてる」ってことが実感できるんですよ。

きっとそれらの全ては大学生活の終わりと同時に終わりを告げる、ひどくひどく刹那な時間だったからなんだなって、今でこそ分かるんですけど。

あの刹那を、私は本気で生きてました。

「刹那の愛でもlike a 永遠」って歌詞が担当のGの曲にるんですが、これは本当にそうで、結局その愛が刹那で終わらなくて未だに痛いくらいに執着してるのが現状なんですが、その刹那だけは、永遠にこのまま自分の全てをかけて担当を応援できるって感じられたんです。

終わりが来るってなんとなく分かっていても、それを本当に理解してるわけじゃないんですよね。

大学卒業して社会人になったらおたくやりにくくなるだろうけどそれでもなんだかんだ今みたいにあれこれやりくりしながら応援してんだろうな、みたいな、そんな気分なんですよ。

 

 

だからでしょうかね、私が貰ったファンサの全てや、握手会での対応、うちわへの対応、その全てを覚えているのは、私がその刹那に懸けて、本気で生きていたからです。

その刹那を得るために、馬鹿みたいに無茶をしていたからです。私が私のまま普通に生きていたら絶対見なかっただろうなという景色を、担当は見せてくれました。良くも悪くも、担当はそれを見させてくれました。それは私の人生の一端に大きな影響を与えて、きっとそれまでの私なら嫌悪していたような人すらも、穿った見方ができるように、変えてくれたのです。

 

それが幸か不幸か、今でも分かりません。

 

とにもかくにも、私は無茶をした先にある世界を覚えてしまいましたから。

 

でも、その世界を知れて良かったと思う自分も居るのです。

 

そしてそんな自分を、今更否定するつもりはありません。

過去は消せないのでね。否定しても仕方ないというのもありますが、担当を本気で好きじゃなければ決して関われなかった人がいたのも事実ですし、そういう人の価値観は、私の価値観や考え方に大きな風穴を開けてくれました。

 

そういう意味で私は本当に感謝してます。今の私を作ってくれた、良くも悪くも私に深く関わってくれたおたくみんなに。

 

みんなと会わなければ、私は自分の限界を知ることはできなかったでしょう。

みんなと会わなければ、私はこんなにおたく同士で切磋琢磨するあのある種おかしな充実感を味わうことはなかったでしょう。

みんなと会わなければ、私は、私はもっと、「ぬるい」おたくだったでしょう。

 

 

私は、おたくという世界には自らはおたくであるというプライドがあると考えています。

おたくって、楽じゃないじゃないですか、本当に。

これを教えてくれたのも担当なんですが。

 

ただ、しんどいのと同時に、普段の生活からは得がたいような強烈な「充足感」を得られるんですよね。

一種のカタルシスというか、間違ってたらあれなんですけど。

 

 

 

でも、ある転換期にふっと、ごく自然に、何も思わずに手を抜いたが最後、だんだんと「無理」が出来なくなるんですよ、その人のために。

 

 

今までの自分にできたはずの無理が、いろんな要因が絡みに絡んで、無理になっていく。

 

それは良い意味では、大人になってるのかもしれません。推しとしても、刹那に無理してそのあとさっぱり来てくれなくなるより、細くても長く応援してくれた方が嬉しいだろうなというのも分かります。

 

でも、先述のように私は、おたくにはおたくのプライドが、まあおたくと一括りにするのはあれなので、とりあえず私にはその人のおたくであるというプライドがあるんですよ。

私は細く長くっていう、良く言えば無理のない、でも悪く言えば中途半端な状態が一番嫌で。

追いかけれるときはしこたま追いかけて、それが無理になったのなら未練を断ち切るためにもスパッとやめてしまいたいと思ってしまう、悲しいかな私はそんなおたくです。

無理をした先にあるあの充実感や生きてるって実感、担当に貢献できているという自負(例えそれらの全てが自己満足だったとしても!)、それに味を占めてしまうともうダメで、どうしてもまたそれを味わいたくなってしまうんです。馬鹿なのは百も承知の上でね。

 

 

だから、個人的に好きな気持ちは変えられないのですが、現場へ通えないのならば、お金を落として活動を応援できないのならば、もうその人のおたくとは言えないなと思っている節があります。

 

おたくって、常に自分がその人のおたくの中でも上位の存在でいたいところがあると私は思っていて。

明確にそれを示せるのがやっぱり現場へ通う回数、要は動員数への貢献だと思っているので。

 

それができなくなったとき、考えちゃうんですよ、私みたいに面倒なおたくは特に、こんな体たらくで推しのおたくだなんて名乗って良いのかと。自分の住んでる地域に来てくれる時だけ現場行くなんて逆に推しを搾取してるんじゃないかとか思ったりするんですよ。

少なくとも私はそう思ってしまうんです。

だから、自分の近隣で開催される公演にしか行けないときは本当にごめんって思ってますし、このごめんって思う気持ちもしんどかったりするんです。全て私の独り善がりですからね。馬鹿みたいで嫌になります。本当に。

 

原作の人気具合とか、地方でやる舞台に出れないのは推しの実力が足りないからだとか、色々あると思うんですけど、やっぱり私みたいな動員に貢献できないおたくの怠慢かなと思うとこもあるんですよ。だって動員が全てなんですから。

東京での舞台や接触イベの動員がもっと伸びれば、推しも地方行けるようになるんじゃないかとか思っちゃうんですよね、私推しは本気で推したいので、接触イベだけ行って推しを消費するとかしたくないんですよ。

 

 

そうなってくるともう辛いんですよね、1回限界を経験したが故にそこまでする体力も気力もない自分がもうほんと嫌になるんですよ、こんなのが推しのおたくなんて名乗って良いのかとか本気で考え出すんです。

めんどくさいですよね。本当にめんどくさい。

そんなこと推しは露ほども考えてないから勝手に楽しくおたくやってろよって感じですよね。いやごもっとも。

私としても消したいんですけどこの感情、恐ろしいことに中々消えてくれないんですよ、いやほんとに、末代まで呪うつもりかってくらい。

 

結局突き詰めると全部自業自得なんですけどね。担当にのめり込んだのも私、無理をしたのも私、無茶をしたのも私、限界を見ることを選んだのも私。そこに後悔は無いんです。

 

でも、同じことをもう一回できるかと聞かれたら、もうできないんです。

短い命を燃やして死んだ蝉みたいに、もう、無理も無茶もできなくなってるんですよ、気付いた時には。

 

でも、可能なら、推しにも私は無理をしたかったんです。あの頃みたいに後先考えずに刹那を走り抜けるように、応援したいんです。その気持ちが消えてくれなくて、それができない自分に心底嫌悪感を覚えるという完全自業自得の自己嫌悪ループです。

 

もういっそのこと笑って済ませたいですね。いや全く笑えないんですけど。

 

 

 

 

もうここまで辿り着いた皆様本当にこんな暗い話を最後まで読んで頂いてありがとうございました。

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

おたくのコスメ沼 ベースメイク、リップ編

 

 

 

 

おそらくこれで一旦最終章になるであろうおたくのコスメ沼シリーズですが(いつの間にシリーズに)、今回はベースメイクとお気に入りのリップのお話です。

 

まずはベースのお話からいきますね。

 

 

ベースもジプシーしちゃうんだよなあ。。。

ということでこちらも今までの備忘録になりますお付き合いくださる方はよろしくどうぞ。

 

 

またなんか書き始めたらジプシー捗ってんだなくらいに思ってやってください。

 

突然ですが私がベースに力を入れる理由は、「汚いものの上には何を乗せても汚い」と思っているからです。つまり私の大好きなアイシャドウを綺麗に乗せてなおかつそれを活かそうと思ったら顔面の土台を綺麗にしないと話が始まらないのです。

 

そして私がベースメイクで求めているのは、ズバリ「血色ゼロの陶器肌」です。

素肌感とか透明感とかツヤ感とかどうでもいい。血色なんぞ後でチークでいくらでもなんとかする。とにかく最初の土台は血色ゼロで凹凸も色ムラもなく崩れにくい陶器肌、これが欲しいと思い続けてジプシーしています。そんなわけで大体カバー力が高くて崩れにくいものを中心に選んでいます。

 

 

 

 

 

 

前置きが長くなりましたが、それでは行ってみよう!!

 

 

 

私のお肌スペック(2回目)

超典型的インナードライ。乾燥ニキビテカリと百年戦争をしている。

 

 

 

 

ベース編

 

 

 

 

 

 

 

・ラディアントタッチブラープライマー / YVESSAINTLAURENT

透明なベースにキラキラと金粉のようなラメの入ったベースです。一度は見たことある方多いんじゃないでしょうか。ベース自体が透明なので色ムラなんかの補正はできないのですが、肌の凹凸は見事に消してくれる、そういう意味では本当に優秀なベースでした。肌の凹凸ってなんやねんって感じですが、私の場合は毛穴でした。毛穴がなかったことになるので、肌が均一になります。自分でもどんな表現だって思いますがとにかく均一になるのです(?)。そしてこの下地使用感サラサラだったのでそこも好きでした。結構ラメがギラギラに見えますが、肌に乗せるとラメは全く主張しません。ただ見えないラメが光を受けて反射板のような役割をするので、光で飛ばしてカバーするタイプだなと感じました。毛穴のカバー力は好きでしたが、やはり色ムラもどうにかしたい身としては少し物足りなかった感は否めない。。。でもコスパも悪くなかったし、結構たっぷり入ってて透明な容器なのでなくなりそうなのがすぐ分かるのも大きなメリット。。。ベースのベースとして使えそうならもう一回使いたい下地ではあります。リピートするかいつも悩む。。。

 

 

 

 

 

 

 

・フレッシュグロウルミナスフルイドベース / BURBERRY

日本撤退が悔やまれるBURBERRYですが、このベース、私は大好きです。正しく言うとベースのベースとして使っているのですが、パール系のツヤ感のあるほんのり明るいベージュなので、肌が半トーンくらい明るくなります。嫌味のない明るさでとても好き。テクスチャーが柔らかいところも推せます(テクスチャーが固いものは下地に関わらずあまり好きでないです。。。)下地としてのカバー力やメーカーがベースのベースとして使うこともオススメしてる点で上記のラディアントタッチよりこっちの方が好きだなと感じました。メーカーが日本撤退してしまったのでこれに似たベースを探すのですがなかなか見つからないのでこの子を使い切ったらこれなしのメイクに一本化しようかと考えています。ちょっと悲しいけど仕方ないですね。。。

 

 

 

 

 

 

・スノーメイクアップベース ブルー / Dior

まさに今私が使っているベースです。このDiorのスノーシリーズ私大好きなんですよね後述するリキッドファンデは残念ながら廃盤になってしまったのですがこのベースは残ってくれて感謝してます。私の肌は赤みが割と出やすい肌なので、ブルーで赤みを消して、さらに寒色なので色むらを補正して肌をワントーン明るく均一にしてくれます。毛穴に関しては少しカバー力が劣りますが、後からファンデをつければ大丈夫なレベルです。伸びがいいのでコスパも良くて本当に大好き。ブルーな分これだけつけると顔が真っ白けになって若干最初はビビりましたが、後からファンデをつけるとびっくりするほど馴染んでその白さが肌のトーンを上げてくれる感じでもう何本リピートしてるか分かりません。何かに特化していると言うより私の肌では広範囲をある程度カバーしてくれるので、下地としては本当に充分な役割を果たしてくれてるなと思います。ほんとに大好き。お願いだから廃盤にならないでね。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファンデーション編

 

 

 

・タン アンクル ド ポー / YVESSAINTLAURENT

結構前に使っていたのでちょっとあやふやですが書いていきます。これの大好きだったところは塗った瞬間綺麗にサラッとするところでしたね。私は絶対粉つける派ですがつけなくてもいけそうだなと感じるくらいにはサラサラでした。崩れもそこまで気になるほど酷い崩れ方はしなかったのですが、カバー力が個人的に物足りなかったです。あとボトルがプッシュ式じゃないので出すのが結構めんどくさい。。。肌も明るくしてくれて好きなところもたくさんありましたが、やっぱりハイカバーが大好きな人間なのでどうしてもカバー力が気になってしまってリピートはなしでした。。。

 

 

 

 

 

スノーホワイトニングフレッシュフルイド / Dior

惜しくも。。。惜しくも。。。廃盤になってしまった大好きだったファンデーションです。。。今はパウダータイプだけ残ってるかと思いますが私はリキッド至上主義なので。。。廃盤になるって分かってたら最低3本はストック買った。。。それくらい大好きでした。明るさでくすみを飛ばしハイカバーでアラを隠してなおかつ崩れにくいという、私の希望を全て叶えたファンデだったのです。。。この時からスノーのブルー下地を使っていたので下地との相性も良くて本当に最高でした。。。ボトルもプッシュ式で出しやすいし柔らかいテクスチャーで伸びも良くてコスパも最強でした。ほんとどうして廃盤になっちゃったの。。。とにかく私の最愛ファンデでした。親にも肌が綺麗だと褒められた一品でした。。。惜しい。。。ほんと惜しい。。。いつでも復刻待ってるからね。。。未だにこのファンデを超えるファンデに出会えていません。だからジプシーの旅は続くのです。。。多分。。。

 

 

 

 

 

 

ディオールスキンフォーエヴァーフルイド / Dior

先に言っておきます決してDiorの回し者ではありませんただジプシーしていたらDiorに辿り着いてしまったそれだけなのです。多分私の肌に合うのだと思いますDior。上記のスノーのリキッドが廃盤になったあと、なるべく近いものをとBAさんに頼んだら出てきたのがこれでした。これはこれでハイカバーで崩れにくく、色ムラ補正もしてくれるのでとても気に入っています。プッシュ式ボトルでコスパもいいですし、スノーのブルー下地との相性も良いので。ただやっぱり明るさというか、あのスノーのリキッドで出せていた嫌味のない明るさはやっぱりこれにはないので、そこだけが唯一残念なところだなと思っています。ちなみに同じDior製の有名なスターフルイドはテクスチャーが固くて苦手です。。。

 

 

 

 

 

 

 

お粉編

 

 

 

 

・ラ プードルオートニュアンス リクスィーズ / Elegance

もう私なんぞが書く必要ないくらい有名ですよね。私はⅥを使っていますがもうこれ本当に世界最強の粉だと思っています。どうして??ってくらいファンデで隠しきれなかったアラを見事に隠してくれるし肌はワントーン明るくなるし何より崩れないしとにかく崩れないし崩れないのにハイカバーだしもうなんなの??天才なの???お値段だけほ最高に可愛くありませんが私にとってこれなしのメイクなんか考えられません。ちなみにリクスィーズは大きいタイプでコンパクトタイプとはまた別なのですが、私はリクスィーズで充分です。一応コンパクトタイプの方がカバー力は高いらしいですが、両方使ってみてそんなに差は感じなかったのでコスパのいいリクスィーズをいつも買っています。あとコンパクトタイプすぐ割れるので扱いが中々難しいのもちょっと難点でした。リクスィーズはもう何個リピしたか分かりません。お値段こそ張りますが私の場合半年くらい保つので実質無料です(?)ちなみに付属のパフは使いにくいので、私はエスプリークのふわっふわのパフでつけています。大好き。永遠に愛してる。

 

 

 

 

・フェイスパウダー / エスプリーク

私としては上記のプードルの下位互換だと思っています。こちらはこちらでとても優秀。プードルはがっつり化粧してます感が出るのですが、こちらは自然な感じで、きちんと整えてます感はあるのに化粧っ気はあまり出ません。でもルースタイプなだけあって毛穴や顔の凹凸は綺麗にカバーしてくれます。こちらは普段スーパーやコンビニなど、家の近くに行く時に日焼け止めだけ塗った後に使う用でプードルと使い分けています。ただ結構たっぷりつけないと肌がサラサラにならないのと(ベタつき本当にダメなのです私)、ルースなので頻繁にこぼして周りが粉だらけになるという惨事をよく引き起こしてしまうのでそこだけがちょっと難点です。まあ不器用な私が9割くらい悪いんですけども。。。。。でもこれだけ大量に消費してても全然なくならないのでコスパは本当に良いと思います。リフィル買うようになれば最初より更に安く買えるので更にコスパがいいと思います。これももはや実質無料なのでは??というわけでこっちもこっちで愛してます。

 

 

 

 

 

 

 

リップ編

 

 

 

 

 

ディオールアディクトリップマキシマイザー / Dior

再三申し上げますが決してDiorの回し者では(以下略)。これも私がわざわざ言う必要もないくらいめちゃくちゃ有名ですよね。唇が荒れた時だろうとなんだろうとこれさえあればリップをつけられる、超優秀なリップグロスです。唇がピリピリするのでそれが受け付けられないとちょっと厳しいのですが、そこさえ大丈夫ならもう買う以外の選択肢はありません。定番の無色タイプと限定のピンクでラメがキラキラしてるやつを持っていますが、どちらも違った可愛さがあって本当に大好きです。つけすぎると天ぷら食べた人みたいになってしまいますが、グロスとしてだけでなくリップケアとしても使えるので、リップちょっとつけたくないなって日でもこれさえあれば大丈夫です唇を可愛くしつつケアしてくれる神の代物。本当に大好き。

 

 

 

 

・モイスチャーリッチリップスティック / SUQQU

もう大好きすぎて愛しすぎて何個リピしたかわからないリップです。まず名前が超可愛い。SUQQUは結構可愛らしい名前をつけてくることでも有名かと思いますが、このシリーズももれなく可愛いです。私は08紅金魚を使っています。もう愛しすぎているので通年で使っています。なんと言ってもこのリップクリームとリップスティックの間みたいなむっちりしたテクスチャーが好きすぎて辛い。。。このテクスチャーのお陰で唇が荒れてる時でもマキシマイザーなしでつけられる唯一のリップです。発色も見た目通りで文句なし。食べたり飲んだりしなければ保ちも良いです。というかもはや保ちが悪かろうがそんなことはどうでもいい。可愛い、発色よし、テクスチャーよし、もうこれだけで充分すぎるくらい充分。私の最愛リップです使いすぎてなくなるのが異様に速いのも辛い。。。でもないとテンション下がるからすぐ買いに走る。。。廃盤なんて言われた日には10本くらいストックしないとストレスでおかしくなる自信がありますそれくらい大好きです。色にもよるかと思いますが割とアイシャドウの色を選ばないところも大好き。完璧やん。。。ほんとすき。。。

 

 

 

 

 

・ピュアカラークリスタルシアーリップスティック / ESTEE LAUDER

なんっっっで私の大好きなものはことごとく廃盤になるの!!!!!!(心の叫び)大好きな大好きな赤リップです。最初はプレゼントでもらったんですが塗ってみたらまあ可愛い。製品自体はまだあるんですが私の大好きな色番である38番トゥインクリングルビーシマーは廃盤です。。。赤リップの中に細かいラメが入っていて塗るとそれがキラキラ絶妙な加減で輝いてくれて一気に顔が華やかになる大好きなリップなだけに廃盤は辛い。。。これに似た赤リップ探しの旅にいずれ出ることになるでしょう。マット寄りのラメ入りリップなので少しだけツヤっぽく見えるのですそれがまあなんとも可愛いのですテクスチャーも塗りやすくてほんとに大好きなのに。。。エスティで似たの買うかDior様になんとかしてもらうか。。。いやほんとどうしよう。。。ちなみにここまで書いた3本は私が旅行に行く時必ず持っていく3本なのです。ないと精神的に死ぬ。それくらい大好きです。

 

 

 

 

 

 

さて、話が大変長くなりましたが今回をもっていつのまにかシリーズ化したこのコスメ記録シリーズは一旦おしまいです。

 

またジプシーしたら長々と喋り出すと思うのでその時はまたお付き合い頂けると嬉しいです。

 

 

 

 

それでは、またいつか。